今から15年以上も前のことです。作業療法士として訪問リハに従事し始めた頃、
ある一人の利用者様と出会いました。
それが全ての始まりであったように思います。
自分の生命を維持するのにも他人の手に委ねなければならない重度の障害を負ったその方を、なぜか私が担当することになりました。
「せんせい、ぼくのびようきわなおりますか」と
意思伝達装置のモニターに文字が映し出されていたのです。その文字を今でも鮮明に覚えています。ところがその問いに何も答えることができなかったのです。どう答えてよいのかがわからなかったのです。その後たびたび
「死にたい」という文字が
モニターに映し出されるようになりました。自分がその方の立場になれば、やはり死にたいだろうと思いました。しかしこの方は自分で死ぬことさえもできない状態だったのです。その現実に気付いたとき「死なせてあげなくては…」そんなことさえ思ってしまったのです。そして訪問することが苦痛になっていきました。
当時の未熟な私に「座位保持の訓練」をするようアドバイスをくれた方がいました。そしてその時がやってきました。座った格好を見た奥様の目からポロポロと涙がこぼれました。その涙を見たご本人も顔をくしゃくしゃにして泣いています。私もこみ上げてくるものを堪えることができませんでした。そして最も大切なことを見落としていたことに気付いたのです。
それは「愛する者」の存在とその想いです。
奥様は「たとえどんな状態になろうとも、命ある限りは…」そんな想いで献身的に介護をされていたことでしょう。そんな想いにも気付かずに「死なせてあげなくては…」などと思った自分を恥じました。利用者様と相対する時は、対象となる方を愛している人の存在と想いを感じ、そして
自身も愛する者への想いを馳せながら、
目の前の利用者様に向き合っていくことが大切だと気付いたのです。
地域ケア、在宅ケアの現場にはこういった思想的な捉え方がとても重要です。
この「想い」こそ利用者を再びその気にさせ、
生きる気力の基になる重要な要素
であり、私の起業の原点とも言うべきものです。
この方は、全国のモデル事業としてたまたま選ばれて在宅復帰を果たせました。当時は介護保険の存在すらなく、在宅ケアを支えるインフラは脆弱で、家に帰ることさえできない方が全国にごまんと存在していることを思った時に、
たとえどのような状態であっても、
住み慣れた場所で、愛する者の存在を感じ、
自分が生きてきた証となる環境で、
生活が保障されるようなケアシステムを構築しなければならない
と考えました。それが私の起業者としての使命であり、その実現に向けての取り組みが存在価値であり、普及させることがモチベーションになっています。
現在も在宅リハビリテーションケアの現場には様々な課題が山積しています。ニーズが不明瞭なまま提供されるケアサービス、作られた寝たきりや能力不能の問題、不作為による廃用症候群の増加など数え上げるときりがありません。こうした課題に正面から向き合い、
生活に視点を置くリハビリテーション理論を
介護領域に浸透させること
が、住み慣れた地域で安心して暮らせる仕組みづくりに欠かせないことだと信じて疑いません。私たちは理想となるリハビリテーションケアを追求し、挑戦し続けます。
株式会社 創心會
代表取締役 二神 雅一